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寺山修司の遺産──21世紀のいま読み直す

2,970円

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寺山修司の遺産 21世紀のいま読み直す 伊藤 徹・檜垣 立哉 編著 978-4-909237-89-7 寺山がこの世を去ってから40年── 社会状況は大きく変化してきたが、寺山が残したものは、いまもなお読み直され、多くの読者・観客を惹きつけている。 現代の問題意識と深くつながる、寺山の多岐にわたる活動に対して、思想、競馬、言語学、美術、デザイン、演劇、映像、政治をテーマに、各分野の筆者陣がそれぞれの問題意識で挑み、新たな魅力を発掘する画期的な論集。 【推 薦】 渡部泰明(国文学研究資料館館長) そうか。いつまでもいかがわしさを失わないから、寺山修司は魅力的なのか。 【目 次】 はじめに  伊藤 徹 第1章|演劇Ⅰ 虚構が「真実」になるとき――密室劇《阿片戦争》  伊藤 徹 第1節 実験演劇としての密室劇 第2節 《阿片戦争》という出来事 第3節 虚構の「真実」と「時」 第2章|言 葉 居場所としての言葉――寺山修司の自分語と詩的表現  澤田美恵子 第1節 定型詩との出会い 第2節 「自分語」という戦術 第3節 詩的表現の時空間 インタビュー 寺山修司と演劇・詩・方言・競馬  佐々木英明 第3章|映 像 機械仕掛けの巫女殺し――「政治の季節」のテレビドキュメンタリーをめぐって  青山太郎 第1節 成長期にあった六〇年代のテレビと寺山修司 第2節 「政治の季節」に生まれ育ったテレビドキュメンタリー 第3節 秩序を破る記録映像の力能 第3節 機械仕掛けの巫女を解体する 第5節 お茶の間という神殿 第4章|政 治 寺山修司の「幸福」の政治学  荻野 雄 第1節 選挙と競馬と電子計算機 第2節 偶然の賜物としての幸福 第3節 幸福への賭けとしての政治的反抗 第4節 寺山修司と新左翼運動の諸局面 第5章|競 馬 寺山修司と競馬  檜垣立哉 第1節 寺山修司における競馬 第2節 寺山のエクリチュール――生とともにある競馬 第3節 寺山の言葉・言葉の場所 第6章|デザイン 初期の天井棧敷のポスターを読む――劇との関係を中心に  前川志織 第1節 初期の天井棧敷のポスターを読む 第2節 初期の天井棧敷とポスター 第3節 初期の天井棧敷のポスターを読む――劇との関係から 第4節 初期天井棧敷のポスターを読む――大衆的図像の引用 コラム あなたはいったい誰ですか?  広瀬有紀 第7章|演劇Ⅱ 小劇場運動と「肉体」――寺山修司をめぐる文化的野心とともに  若林雅哉 第1節 寺山修司を宙づりにしてみる 第2節 小劇場運動における肉体への回帰――芸(肉体)と演技(内容)の二極から 第3節 レッテル張りへの躊躇(1)――巨大劇団の忌避と〈異議申し立ての時代〉 第4節 レッテル張りへの躊躇(2)――「肉体」の覇権の諸相 第5節 あとから来た「小劇場運動」――蜷川幸雄による「歴史化」の戦略と文化的野心 第6節 事後の生 第8章|表 現 ナンセンスの時代と寺山修司  平芳幸浩 第1節 寺山修司と「無意味」 第2節 六〇年代前衛における表現の様態 第3節 無意味から意味へ 第4節 言語遊戯としてのハナモゲラ 第5節 寺山修司にとってのナンセンス おわりに  檜垣立哉 【はじめに】  私たち筆者は、寺山の言葉とイメージを確固とした「真実」の表現とは捉えないのであり、したがってこれを集約し整理すれば、「宝物」が得られるといったような期待は抱いていない。それゆえここでの諸論考は、いずれも彼の言葉をなぞることを以って研究とは考えないものである。むろんそんなことは寺山に関してだけいえることではなく、ニーチェがいったように、どんな過去でも断罪に値するのであり、思考の可能性の束としての過去に対するには、ときとして矛盾し合う一つ一つを吟味しより分けて吸収する批判精神以外にはなく、それは現在の問題に自ら立ち向かうなかで育まれるものである。筆者はいずれも寺山を「専門」とするものではなく、自らの研究分野を別途温めてきたものである。以下に集められた論考は、執筆者が、そのフィールドでそれぞれ育んだ問題意識をもって寺山という遺産にぶつかっていった結果得られた火花のようなものであって、そうした対峙の姿勢をとることこそ、寺山に対して後に続く者が示すべきリスペクトなのだと私たちは考えるのである。 【制作】 装丁・本文設計  木下 悠(YKD) 印刷・製本  中央精版印刷株式会社

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